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すべてはモテるためであるを読んでの自分語り的感想

二村ヒトシ『すべてはモテるためである』を今更読んだ。

少し前にやたらと宣伝されていた文庫本だったと思うのだが、ふと、いまなら読んでもいいのかな、と思ってAmazonで注文したのである。

とくにモテたいわけではなく、それよりもこじらせたメンタルの活路のための読書なのだった。

というわけで感想です。

すべてはモテるためである

本書、すべてはモテるためであるとはどんな本なのだろうか。

AV監督による恋愛論……ではない

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本書が言いたいことは、「お前がモテないのはキモいからである」ということに尽きる。

 

著者はアダルトビデオ監督の二村ヒトシ
この人は最近では現代ビジネスの恋愛こじらせ関係の連載が話題を呼んだと思う。
http://gendai.ismedia.jp/category/nimura_kawasaki

実はこの本が届くまで、表紙は見たことがあっても、上記連載のAV監督が著者だと知らなかった。
表紙は扇情的なイラストのために覚えていたのだが、どうせネットで話題になるくらいのどうでもよい本なのだろうと思ってスルーしていたのである。

しかも、原著は1998年に出たものの加筆なのだった。

キモいからモテない

では、本書のテーマである、「お前がモテないのはお前がキモいから」というのはどんな意味なのだろうか。

キモいとは見た目やメンタル、人間性、衛生状態、発するオーラなどいろいろあるだろうが、私に響いたのはやはり、内面的な部分のキモさについてなのだった。

いわく、モテるのはいじいじしていない人間である。
悩みの自己ループに突入してウジウジといつまでも悩んでいる人間こそモテないのだ、というふうに読んだ。

「モテる」とは?

ただしこの本を読んだところでモテるわけではないことについては文中でもあらかじめ宣言されている。

そもそとこういう、ノウハウ本のようなものを手に取る時点でキモくてモテないのだ。

それは非常に理解できるし、そもそもモテようとしてノウハウ本を手に取るというメンタリティが理解できない。

とはいえ、モテる、という言葉を使っているが、ようするに自分の内面でドツボにはまるな、ということを言っているだけなので、恋愛以外でもすべてのことに応用することができるのだ。

冷笑というキモさ

しかしながら、読めば読むほど自分自身もキモさの罠にはまっていったのだ。

先回りするという臆病

図星を指されるようなことを言われたときに、先回りして、それを認めることで自分を守る。

それもまた、モテないキモさとして提示されてしまった。

まさにそれは、自分自身の抱えるウィークポイントなのだ。

自分の弱いところを突かれると全力で逃げる。
言葉として理解しながら、本当には自分の問題として受け止めない。

さまざまな「キモさ」について指摘した後で、それを客観視していた人間にもキモさをつきつけるのである。

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実際私は本書を読んでいて、ある種高みの見物をしていた。
特段モテないわけではないし、恋愛経験も一応ある。
そういうふうにして、自分に言葉が直撃しないようにしていたのだが。

結局二村ヒトシが最高に指摘したい痛さを指摘されてしまった。

この数ページ、85ページ前後が、本書前半で最も重要な箇所である。

恋愛というより内面の本として

私が本書を買ったのは、北条かやの本を買おうとしておすすめに表示されたからだった。
最初買おうとしたのはこじらせ女子の本だったわけだが、二村ヒトシのこの本は、こじらせ男子のためのサバイバルマニュアルだともいえるのではないか。

練習のためにキャバや風俗を利用しろ、というようなことも書かれているのでそこだけは人を選ぶかもしれないが、内面の肥大化で身動きがとれない男性には、確実にプラスになる一冊なのではないかと思う。

 

すべてはモテるためである (文庫ぎんが堂)

すべてはモテるためである (文庫ぎんが堂)