梶尾真治の『さすらいエマノン』を読んでがっかりした

以前、鶴田謙二の漫画版『おもいでエマノン』を読んだことがあったのだが、つい最近、図書館の廃棄本に『さすらいエマノン』があったのでもらってきて読んでみた。

しかし相当に時代を感じる内容で正直がっかりした。
どの作品にも、1980年代的な、藤子・F・不二雄的なあっけらかんとしたエコロジー的な思想(いまの目から見るとあまりに雑である)が通底しているのだが、それが単なる説教臭さにしかなっておらず辟易とする。

そして収録されたなかで最後の短編では宇宙の高次意識とのチャネリングという言葉まで飛び出してしまう。
1980年代に使い古された概念だし、ニューエイジ思想のろくでもなさを知っている後年の人間としてはかなりキツい。
前世少女が流行った時代の小説、という感じで、歴史的な意義はともあれ、作品として見るべきところはない。

時代の影響下で書かれ、そのまま古びてしまった小説なのだと思う。
エマノンというキャラクターはたしかに魅力的なのだが、梶尾真治という作家、こんなしょうもないものを書いていたとは思わなかった。

 

おもいでエマノン (リュウコミックススペシャル)
 

 

 

さすらいエマノン (RYU COMICS)

さすらいエマノン (RYU COMICS)