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杉森久英 「天才と狂人の間 島田清次郎の生涯」再読

作品感想 書籍

杉森久英「天才と狂人の間 島田清次郎の生涯」。

 

本作は1962年の直木賞を受賞した。大正時代に一世を風靡した小説家、島田清次郎の伝記作品だ。

 

島田清次郎は金沢の人だった。

裕福な家に生まれたが幼少時に没落し、そのことから自分自身に、本来は地を這うように生きる人間ではないと刷り込むようになる。

反骨心から来る自我の歪みによって自身を天才と思い込み、他人を誰も受け入れることができぬままに生きる。

友人や恩師、妻、情人もすべて自己実現のための足がかりとしか思わない。

文壇の問題児から文壇の嫌われ者へ。関わる人間とはことごとくトラブルを起こす。

 

一旦は流行作家として時代の寵児になるが、コンプレックスから手を伸ばした海軍将校の娘との関係をきっかけとして周囲には誰もいなくなり、そのことでついに精神に異常をきたす。

 

 

同時代の作家としては芥川龍之介菊池寛があり、創刊当時の文藝春秋が彼をバッシングする記事を掲載したことも触れられている。

また同郷であり、一回りほど年上の室生犀星を意識していたという。

 

 

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この小説を読むのは実は二回目だった。

一回目は高校生の頃で、コンプレックスゆえに天才を自称するということはよく理解していなかったものの、印象深く読んだことを覚えている。

同じ作者の「啄木の悲しき生涯」も読み、杉森久英の名前はそれ以来忘れていない。

 

 

再読するきっかけになったのが、精神科医の風野春樹による評伝「島田清次郎 誰にも愛されなかった男」が昨年に出版されたことだ。

おそらくまとまった評伝としては、天才と狂人の間以来の、史上二冊目のものに違いないだろう。

こちらは未読なのだが、ぜひすぐにでも読みたいと思う。

島田清次郎 誰にも愛されなかった男

島田清次郎 誰にも愛されなかった男

 

 

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人が精神に異常をきたすことのきっかけのひとつに、自分自身の理想と現実へ、極度に折り合いがつけられないことが挙げられるだろう。

 

この作品で描かれたのは、まさにそんな心理との戦いだろう。

普通なら一度も成功をみないまま潰れていくのだろうが、島田清次郎は一度でも「勝利」を見ただけに、その反動もあまりに大きく、本当に狂人になってしまったのだろう。

 

晩年の彼は精神病院で静かに、青年時代の荒れ狂った精神が信じられないように過ごしていたというが、もしかすると、自己の決定的敗北と向き合うことによってのみでしか、最終的な精神の平静は得られないのかもしれない。

 

 

島田清次郎の代表作であり、彼の作家活動の根幹をなす大作「地上」は、第一部が青空文庫に収録されている。こちらも読むつもりだ。

http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person595.html

 

おそらく荒削りなことが予想されるが、天才になろうとする人格がどんな文章を、言葉を綴ったのか、それを知るだけでも読む価値はある。

 

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余談だが、石川県白山市は彼の名を冠した「島清恋愛文学賞」を主催していたのだが、現在は行っていないらしい。

そしていまは、島清ジュニア文芸賞へと移行しているという。

http://www.city.hakusan.lg.jp/kankoubunkabu/bunkasinkou/simase/bunka5-2.html

 

彼の破滅的生涯を知っていると、〈恋愛文学賞〉というのでさえどうかとおもうのだが、〈ジュニア文芸賞〉となると更に業の深さを感じる。

受賞者名には小六やら中二やらが並んでいるのである。

 

しかし、郷土が生んだ文士として名が語り継がれていることを見ると、それだけは彼にとっての救いとなったのかもしれない。師であった暁烏敏(あけがらす はや)と並んで称えられているのだから。