堀田善衞 「情熱の行方 スペインに在りて」

堀田善衞という名前は以前から知っていたが、その著作を読んだのは最近になってからで、その本は「インドで考えたこと」だった。

「インド~」ではアジアの中にある異質な存在である日本、極東の辺境である日本に気付くことができたが、同じ作者の著作で次に手にとったのは、ユーラシアの反対の端にあるスペインについて書いたものだった。

 

昔ながらの古書店、店頭の50円カゴに入っていた古い岩波文庫

奥付には1982年初版とある。

80年代の書籍というと案外最近のように感じたりするものだが、読み進める中で30年あまりの経過を図らずも感じてしまったのだった。

 

最初の一章は、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の話から始まる。

スペインとカトリックの風土について記した一章である。

その調子で淡々と紀行文が続くのかと思った。

 

しかしページを進めるうちに、内戦から独裁へと続く、本書が書かれた時点では現在進行形であった、刻み込まれた歴史にどんどん踏み込んでいく。

国を二分した内戦で同じ国に住む人が争い、またコミュニスタやナショナリスタという烙印を互いに押す。そして、著者はその出来事を直接目にした人々に次々と出会う。

カタロニアやバスク地方もまた、独裁政権下での弾圧の記憶が生々しい様子が描かれている。

本書の刊行された時点で、独裁が終わってからまだ5年しか経っていないのだ。

著者が訪れたスペインでは、戦後はずっと続いていた。

 

そんな直視することさえ厳しい一章一章の中で、一服の清涼剤になっていたのは、ピレネー山中に位置するアンドラ公国について記した箇所だった。まさに訪れてみたくなる光景を想像してしまったのだ。

プレ・ロマネスクの時代に建てられた古い教会のある高原の景色を、著者はスケッチに残し、挿絵として添えている。

 

30年の月日が過ぎても、今でもその景色は残っているだろう。

克明な記憶はどうなっているか分からない。

だが、現代まで続いていた戦後の記憶は文字を通じて鮮烈な印象を残したのだった。