わたしの究極の目的、人類の究極の目的

以前働いていたとある会社の社長が、こんなことを言っていた。

「すべての価値は、結局のところ時間に換算される」

つまり、こういうことだ。
移動は早ければ早いほどお金がかかる。
お金をかけてよい食べ物を食べるのは、その分長い時間生きるためである。
美しくなるのにお金をかけるのは、老化という時間にあらがうためである。

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マオ・レゾルビーダ(未解決の人間)

以前読んだ本に、小野美由紀の『傷口から人生』というものがあった。

この本については、2015年の3月にこのblogで感想を書いている。

kachiuchi.hatenablog.com

その記事でも書いているように、本書でもっとも印象に残ったのが、p113〜で触れられている、『マオ・レゾルビーダ』という言葉だった。

 

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コンテンツに興味を持てない悲しさ

ということを、ザ・ノンフィクションのギーゼロの回(のスクショ)を見て思ったのだった。

ようは、にゃるらや似非原さんが羨ましい。

にゃるらは今や、エロゲをはじめとしたオタク文化語りのスーパースターである。
Vtuberのキャラもかわいい。

いっぽう似非原さんもまた、コンテンツを生み出す人である。

それに引き換え自分は、ある種の価値を生み出してはいるのだが……

 

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非常にわかりやすく狂気をはらみつつある

当然の帰結というか、昨晩からわかりやすく狂気をはらみつつある。
精神病院に入院しておいて、いまさら狂気もクソもないのだが、狂気としか呼びようのないものである。

また、ドグラ・マグラを読んだ直後に狂気をはらむのも、ネタとしか思えないのだが、実際にそういう思考にたどりついてしまったので仕方がない。

 

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