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神は暗闇に光る1本のロウソク

教会の同年代の集まりで、ふと思い、口にしたことなのだが、自分にとって神とは、暗闇に光る1本のロウソクなのかもしれない。

最近のことだが、自身の前後の年齢、いわゆる青年世代の集まりで、それぞれの歩みについて話す機会があった。

そのときに、クリスチャンの家系に生まれ、教会で育ってきた人の話を聞いて、率直に感じた印象があったのだ。

「この人は陽の当たる世界を歩いている!!!」

 

単に職業の違いの問題ではない。
健全な精神の問題ではない。

世界の見方。
その人の人生観は陽の当たる世界そのものだったのだ。

その人にとって神とは、とても親しい存在であるようだった。
日向の世界で優しく、ともに歩いている光景。
そんな印象を受けた。

ではいっぽうで、大人になってから洗礼を受けた自分はどのように神について捉えているのだろうか。

すぐに浮かんだのは、暗闇に1本のロウソクが光っている光景だった。

べつに、自分の人生が暗黒だといいたいわけではないし、他人と比較して自分が劣っていると思いたいわけでもない。

ただ、自分にとって神とはどんな存在なのかと考えたときに、
「助けて!!」
とすがりつくイメージが真っ先に浮かんだのだ。

まさに、受洗してからつい最近までの自分は、ごめんなさいをいいたいがために、そのカタルシスを得たいがために祈り、礼拝していたようなものかもしれない。
しかし、その罪の赦しを得てもなお、自分の生きる世界は日向ではなく、放っておくと泥沼に沈んでいくような裏通りであると思えてならないのだ。

しかし、その世界のなかで、確実にその光は小さく輝いている。
光という1本の糸だけは、日向の世界との繋がりを保ってくれている。

暗闇に光る1本のロウソク。
それこそが、現時点での、自分にとっての神なのだ。

小さな光なので、見失いそうになることは頻繁にある。
だからこそ、見失わないための方法を、ひとつず探していこうと思う。