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阿部共美 『ちーちゃんはちょっと足りない』 【発達障害・知的障害漫画】

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阿部共美の『ちーちゃんはちょっと足りない』は、貧しさとその原因、そして貧しく暮らしている人について、一見して暗いわけではないが、リアリティあふれる描写をしている漫画だった。

 

発達障害知的障害をリアリティを持って知りたいひとには、ぜひおすすめしたい作品の1つかもしれない。

 

自分はそんなに漫画読みではないので、普段新しい漫画を読むというのは、他人から薦められたり、他人の家にある漫画を読むことばかりが多い。

 

そして本作も、なんとなく手に取ったわけなのだが、これが、まったく救いのない話で凄かった。

一見してオタクっぽい絵柄の延長上にある、ただの日常を描いた漫画家と思ったら、凄かった。

 

 

 

ちーちゃんはちょっと足りない

 

 

タイトルからして、「ちょっと足りない」と書いてあるのだが、その名の通りに、頭がちょっと足りない女の子の話である。

 

というよりも、読めば読むほど、読み進めれば読み進めるほどに、ああ、このちーちゃんという女の子は、軽度知的障害なのだな、ということがわかってくる。

 

もちろん、福祉の啓蒙のための漫画でもないし、障害を持っている人間がなにかを成し遂げるという、一種の感動ポルノのようなものでもない。

 

単に、足りない女の子を描いた、古くはあずまんが大王からの系列に連なる日常漫画の末裔、として読むことだってできる。

 

しかし、少しでも貧困に足を踏み入れ、それを見聞きしたことのある人間ならば、これが障害と貧困の漫画だということに、実感を伴って気づくことができるのだ。

 

脳に欠陥があって、それゆえに貧しくなってしまう人々というのは、こういう生活を送っている。

そういうことが、この漫画を少し真面目に読めばわかる。

 

 

 

貧しさというアイテム

 

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貧しさを自身が経験したり、近しい人に貧困者がいる人だったら、ありがちな貧困アイテムというのを知っているはずだ。

 

たとえば、この漫画でそれがいちばんわかりやすいのが、「ちーちゃん」の友人の自宅の描写なのだった。

 

 

 

貧しい人の家は、往々にして物が散らかっている。

そして、さして高級でも必要でもないのに、不要なものを溜め込んでいる。

 

この1コマを見るだけで、そんな家庭に少女が暮らしていることがわかるのだった。

 

 

市営アパート

 

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ネット上で、団地の子供とは遊んではいけない、という言説を見ることがある。

 

それはつまり、団地、公営住宅に住んでいる子供は育ちが悪いから、という偏見にほかならないのだが、ではなぜ、団地に住んでいる子供は育ちが悪い、と思われるのだろうか。

 

それは、公営住宅には病気や障害を持っている家族が優先的に入居できるため。

なかでも精神や知的な障害を持っていると、どうしても、他人にできる当たり前のことができなくなってしまうためだ。

 

精神疾患発達障害といった脳の機能障害を持っていると、例えば家が汚くなる。

それは、掃除や洗濯といった家事が、障害によって困難になるためである。

 

しかし、それによって子供の身なりが悪くなると、それだけで子供はいじめられる。

大人もそんな子供と親を疎ましく思い、関わらないようにし始める。

 

それこそが、「団地の子供とは遊んではいけない」という理由である。

 

そして、この作品に出てくる主要人物は、まさに公営住宅に住んでいる。

貧しさの象徴としての公営住宅

 

貧しく、抜け出すことのできない世界。

その世界の外にいる人間からは想像のつかない閉塞感が、あまりにも如実に、公営住宅の暮らしを通して描かれているのだ。

 

 

 

知的障害者は抜け出すチャンスに気づけない

 

 

 

本作では、主に3人の少女、学校内カーストではお世辞にも上位にいない3人を主要人物として描いているのだが、その1人は、最終的には貧困だけの社会から抜け出しつつあるようにみえる。

 

もちろん、抜け出すといってもいわゆるマイルドヤンキーに近い人間関係ではあるのだが、それでも、カースト外としての貧困や脳機能障害から抜け出す希望が見えるものであった。

 

しかし、作中の最後に、表紙にも描かれている「ちーちゃん」は、もう1人の、公営住宅に暮らす友人の手によって、貧困と脳機能障害の世界に引き戻されてしまうのだった。

 

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こう書くととても重い描写であるように見えるが、絵柄や演出はあくまでも、明るく日常感のあるものである。

もしかすると、創作を読み慣れていない人であれば、友人のもとに戻ったハッピーエンドと間違えてしまうかもしれない。

 

しかし、この軽度知的障害を持った「ちーちゃん」は、少しでも希望のある、人間同士の「社会」から、1人だけの貧しい少女とのクロージングな関係へ、強制的に引き込まれてしまったのだ。

 

そこには救いはまったくなかった。

 

軽度知的障害の少女は、一見すると無垢に見えるようにも思うが、いとも簡単に他者の利益のために利用されてしまう。

作中、彼女らは中学生であるわけだが、高校生になり、成人したときに、どんな酷い目に遭うのかを考えると暗澹たる気持ちになる。

 

軽度知的の女性は、水商売や風俗業にだって簡単に引きずり込まれてしまうのだ。

 

本作がこうして、脳の機能障害と貧困をテーマにして描いたのは、その世界を単に描くためだけでなく、これまでのいわゆる日常系の漫画にありがちな、一見して頭の悪いように見えるキャラクター(少女)が実際に存在したらどうなるか、を突き詰めて考えたからなのかもしれない。