読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

内田ユイ個展 『シーク・ユー』(2016/4 新宿眼科画廊)

美術

f:id:kakakauchi001:20160426230134j:plain

新宿眼科画廊に作家の内田ユイの個展を見に行ってきたのでその感想の記事である。

撮影OKとの掲示があったので展示風景の写真も貼る。
(もしNGの指摘があったら消します)

 

内田ユイ

内田ユイの作品を初めて見たのは、昨年(2015)のちょうど今頃、同じ新宿眼科画廊での個展でのことだった。

内田ユイを知ったきっかけ

もともと写真畑の人間だった自分は新宿では写真ギャラリーばかり回っていて、新宿眼科画廊は有名だとは知っていたがほとんど巡回コースに入っていなかった。

内田ユイという作家を知ったのはほとんど偶然で、たまたま明治通りを歩いていて、近くに新宿眼科画廊があることを思い出して寄ってみたら、たまたまやっていたのが昨年の個展『風と現前のカタストロフ』だったのだ。

内田ユイという作家

ポートフォリオによれば1988年山梨県生まれで、2011年に女子美卒。
新宿眼科画廊では今回の個展が4回目となるとのこと。

(個人的なことだが身の周りに女子美関係の知り合いが多いので親近感がわく)

平たく一見して作品の特徴を言い表すとすれば、セル画というモノを表現手法に取り入れていることだろう。

個展 『シーク・ユー』

今回の2016年の個展は新宿眼科画廊のうちの2室で開催されていた。

1室はセル画のモチーフがメイン、もう1部屋はインスタレーションである。

セル画モチーフの作品の魅力は期待通りながら、それよりもインスタレーションに作家の深さを感じたのだった。

セル画

2015年の『風と現前のカタストロフ』で息を飲んだのは、天使のような風貌の女の子のセル画がキャンバスの上に浮いている作品だった。

その魅力はそのままに、今回の展示でも独自の表現を更に確立していた

f:id:kakakauchi001:20160426230200j:plain

前回の展示では、瓦礫の中から吹き飛ばされた紙くず(9.11のような)の上に天使がいたのだが、今回は燃える自然の上に少年?がたたずんでいたのだった。

単純に絵としての魅力に引き込まれる。
そしてある種退廃的な、破滅するからこその美しさ、背景に物語を勝手に見出してしまうような力強さを感じたのだった。

背景にキャンバスがなく透過している作品も、それぞれに短い物語が想像できることがまたよかったのだった。

インスタレーション

今回私は先にセル画モチーフの1室を先に見て、ポートフォリオに目を通したあとにインスタレーションのもう1部屋に入ったのだった。

インスタレーションでは、作家の家族という私性を作品に取り込んでいた。

f:id:kakakauchi001:20160426230340j:plain

作家の家族は皆アマチュア無線を趣味にしていたという。
内田ユイ自身もアマチュア無線の免許を持っていて、ベリカード(遠方と交信した際に交換しあう葉書のようなもの)が身近なものとしてあったようだ。

こちらの部屋では映像を上映している下に世界各国のベリカードが並べて貼られ、送られてきた場所が世界地図にピンで指し示されていた。

ベリカードの送り元は、中東や旧ユーゴ、それに東欧といった、内戦や革命を否応なしに連想させる場所が選ばれていた。

上映されている映像はセル画モチーフの作品と同じ、美しい破滅を連想させるものである。

そのつながりが、単に美しい破滅というだけにとどまらない、現実との関連性を見出させるものにさせていたのだった。

f:id:kakakauchi001:20160426230358j:plain

このインスタレーションは内田ユイの作家性を一気に高めた作品だといえると思う。

本当に、今回の展示を見ることができてよかった。

ポートフォリオを見て

そしてポートフォリオも目を通した。

そこで気付いたのが、2014年から2015年にかけての作風の変化である。

もともと過去の作品でも、アニメや漫画のようなデフォルメされたキャラクターを描いていることは同じだった。

ただそれだけでは、近年の美大生にありがちなサブカルっぽい作家のうちの1人でしかなかっただろう。

言ってしまえば、2014年の作品には自己陶酔のような病みが混じっていた。

ところが2015年からは、悪い意味での病みがなくなっている

色の変化

わかりやすかったのは、メインとなる色彩の変化だった。

2014年までの作品は黒くかった。
濁ったように黒く、血がついた服を洗ったようなピンクだった。

ところが2015年から中心になる色彩は、水色なのだ。

透き通った青空のイメージが感じられるようになった。
そのことが、自己陶酔としての表現から、作家としての表現に変わったことを表しているのだと感じられた。

奈良美智の影響下に病みを加えたような美大生にありがちな表現からの脱却。
それがどうやら2015年にかけての変化なのだろうと思う。

古き良きアニメの線

f:id:kakakauchi001:20160426230221j:plain

単にアニメや漫画からインスピレーションを受けた作家と違って、内田ユイの作品にはどこか安心感がある。

それはおそらく、2010年代の手癖を用いながらも、線の引き方が1970年代の古き良き日本アニメを連想させるからなのではないかと思う。

もちろん内田ユイ独自の絵なので、誰々の影響、誰々に似ているなどと簡単にいうことはできない。

そもそもイラストや漫画を志す人間ならどんなものに影響を受けていてもおかしくない。

明確に過去のキャラクターを構成する線を真似しているわけではないのに、ふと一瞬、どこかで見たことがあるような線、目の形や身体のラインに見えることが、内田ユイの一種独特な魅力の要因なのではないかと思う。

手描きの背景

もう1つ、古き良きアニメの線を連想させる要因は、背景がキャンバスに描かれていることもあるだろう。
かつてアニメの背景は、風景画そのものだった。

しかし画面上で描かれるようになって「古き良き」背景は過去の作品にしか見られないものになってしまっているのだ。

この線を選んだという強さ

たとえば同じ新宿眼科画廊では、pixivに積極的にイラストを発表しているような作家の個展も頻繁に開かれている。

内田ユイの出発点となったのもそのような作家と同じ場所だったのだろうとは思う。

ポートフォリオには「中二病でも恋がしたい!」の走り描きがあったし、そこらの同人作家ではかなわない、ファイン出身ならではの技術の持ち主だ。

いっぽうで過去の作品からもモチーフを拝借している。
今回の展示にも「伝説巨神イデオン」からの引用があった。

内田ユイが選んだのは、いわば懐かしさも感じるような線なわけだが、それが単純に擬古調で終わらないことこそが、この作家の実力なのだろう。

内田ユイの作品を買いたい

作品を買いたい、と本気で思った。

作品か飾れる場所に住んで、買うことができる状態になったらぜひ壁に飾りたい作家だ。

ただ、買うとしたら小品になってしまうので、素通しの薄いアクリルを傷つけず、裏面にホコリを付けずに飾るにはどうしたら良いか、ということを少し悩んでしまったりもするのだ。

実物の作品が強い魅力を放つ作家であるし、一目見ると作品が欲しくなる作家。

作家、内田ユイ
ぜひまた展示に足を運びたい。

www.gankagarou.com