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アドラー心理学 人はよいことしかしない

考えたこと
アドラーの名前は少し前に知ったのだが、概説書を読み、この思考方法は私の心理を落ち着ける手段になると感じたので、メモの意味も含めその一部について書く。

アドラーの言ったのは「人はよいことしかしない」ということである。
といっても、所謂「善」しか人が成さないということではない。人間は当然、社会的に悪とされることをいくらでもするのだから。

ここでいうよいこととは、その時点に、その人がよいことだと思ったことである。
そのときに思った、というのが肝要である。

簡単な例を挙げると、ダイエット中の間食というものがまさにそれである。
そのひとにとって、ダイエットはもちろんよいことである。
しかし、スナック菓子が食べたくなったその日その時には、彼にとって間食は「よいこと」であった。
結果としてどうなるかが問題ではない。スナック菓子が食べたいという欲求に従い行動することを、その時点でよい選択だと思ったからこそ実行したのだ。

同様の論理によって、盗みを働くことも、殺人さえも、その瞬間には「よいこと」であったからそうしたのだ、というように説明することができる。

このアドラーの手法は、まさに自己を客観視することそのものである。
しかも、非常に単純化された客観視で、それでいて的確だ。
人間は意識をしないうちにも無数の選択を行っているが、その全てが、よいことだと決定したからこそ行われたことなのだ。

更に広げれば、「ダメだと思ってすること」についても説明することができる。
例えば自己憐憫や自傷行為である。
自身をダメな存在だと思い、それに浸ること、それもまた、自己憐憫に浸ることがその時のその人にとってよいことと判断されたからこそ、そうしている。自己を可哀想な人と定義付けることは、選択の結果である。
また、自傷行為や過食、更には自殺といった現象でさえも、思考の奥底に覆い隠されているかもしれないが、そうすることで他者から助けてもらえるかもしれない、自身の精神を鎮められるかもしれないといったような「よいこと」としての判断に由来していると説明できるのだ。

とはいえ、いちいちすべての事象を説明していくことは困難であるし、そうやって精神を丸裸にすることは、人によっては自我を保つうえで危険なことでもある。
だがそれでも、少しづつであっても自身の言動、精神の揺れ動きが私自身の選択の結果であることを説明していくことで、絡まり合い常に揺れ動く内面を落ち着けていくことができるのだと思う。

アドラー 人生を生き抜く心理学 NHKブックス

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