小林紀晴 「写真学生」

少し前まで写真学生だった。
結局いまはほとんど写真を撮らなくなってしまったのだが、写真が生活の中心だった時期が確かにあった。いまどきシャッター速度と絞りとピントを手作業で合わせ、暗室の赤いセーフライトの下で印画紙に焼き付けていた。
ただ、その先が続かなかったのは、写真という行為は好きでも、それによってなにかを表現する欲求がなかったからである。

本書は写真家の小林紀晴が自身の学生時代を基に描いた小説である。
小林は東京写真短期大学、現在の東京工芸大学を出ている。東京の街や、アジアを撮っていて、著書は頻繁に見かけるが、実のところこの人が写真家としてどういう立ち位置なのかいまひとつ判然としない。むしろ、そういう部分が持ち味の写真家なのだとも聞く。

実は私は昔、この小説を原作とした漫画を読んだことがあった。そのときはまだ写真専門学校に入る前で、写真が趣味の大学生だった。写真の学生というものを描いた本書から、写真をやることへの憧れをつのらせた思い出がある。

作中ではただひたすらに、写真をすることを試みる若者の日々が描かれている。
写真を撮って他人に見せる中で、主人公の思考が写真をやる人間のそれへと、いつの間にか変化していくことが興味深かった。確かに、写真のことをずっと考えていると、自分なりの写真論めいたものが形作られていったりするものなのだ。
その写真論の実を結ばせるためには、続けることだけが必要だ。小林は現在に至るまで写真家である。たまたま氏は名を上げているが、仮に成功しなくても、少なくとも続けているうちは、頭の中に写真的な考え方が生きている。
私は写真についての考えをやめてしまい、勿体無かったと思う。

端役の中に、フリードランダーが好きな学生や、ザンダーの写真集をプレゼントする後輩がいてにやりとした。とてもよくわかる。その辺に被れて行きていくのは簡単なことではないとも思うが。

写真をやることの意欲を思い出しかけた一冊だった。

写真学生 (集英社文庫)

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写真学生 (ビジネスジャンプ愛蔵版)

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