ランス・アームストロングは今でもサイクリストに影響を与え続けている
ランス・アームストロングという自転車選手がいた。
20代にして発病した癌を乗り越え、1999年から2005年にかけてツール・ド・フランス七連覇という前人未到の偉業を成し遂げた。
そしてドーピング疑惑によって全てのタイトルを剥奪される。
簡単に言うと、そんなロードレース選手である。
私がスポーツ自転車に乗り始めたのは、ちょうどランスがツール連勝記録を更新している最中のことだった。
サイクルスポーツをはじめとする自転車雑誌の表紙を飾り、著書「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」もベストセラーになった。
自転車競技は応援・参加ともに興味なく、キャンプツーリング一辺倒だった私でさえ偉業を意識していたのだから、相当な選手である。
(例えばパンターニやウルリッヒと言われても、どんな人物かうまく説明することはできない)
それだけに、今の自転車界隈では、ランスの名は一種のタブー、黒歴史に近いのではないだろうか。
* * *
そのように自転車の歴史から抹消されてしまったランスだが、私は今でも影響を与え続けていると思っている。
それは、自転車の乗り方の面でのことだ。
最近の自転車雑誌風に言えば「ライディングスタイル」のことだ。
かつて「重いギヤ比のペダルを必死に踏み込む」という乗り方があったという。
そんなスタイルのロードレース選手もいたらしい。
乱暴な例えだが、ママチャリで必死に坂道を立ちこぎするのに近い。
今ではそんな乗り方は否定されている。
主流は、適度に軽いギヤ比で、ペダルをくるくると回して乗る、というものだ。
この乗り方だと体への負担も少ないし、筋肉を使う効率もよいらしい。
この早いペダリングが広まる過程で、ランスの影響があったのだ。
私がスポーツ自転車に乗り始めた頃、ペダルの毎分の回転数(ケイデンス)について雑誌やネットに書かれていた。
それによれば、少なくとも毎分80回転、競技選手ならば120回転くらいまで上げてもよいと書かれていた気がする。
逆に毎分60回転くらいになると効率が悪いと言われていた。
私は今でもその教えを忠実に守っている。
というか、体が覚えてしまったので簡単には変えることができない。
昔一緒に走っていた、自転車を始めたばかりの仲間にも、軽いギヤでこぐように教えていたくらいだ。
この軽いギヤ、高回転のペダリングを覚えたのも、ランスという存在がいたからだった。
史上最強の自転車選手のライディングスタイルを真似ようとしたのだ。
そしてそのスタイルは、競技者以外にとっても効率のよいものだった。
* * *
もちろん、このスタイルはランス特有ではない。
しかし、競技者以外にも影響を及ぼし、主流のスタイルになるうえでスター選手の存在は非常に大きかったといえるだろう。
ひとつだけこのスタイルに問題があるとすれば、競技トップレベルになるとたぐいまれな心肺能力が要求されてしまうらしい。
異常なまでの身体能力がドーピングによるものだったと言われて、誰もが納得したのは致し方ないことだ。
当時の目線に立っても、ツール・ド・フランスでの他を寄せ付けない七連覇は、はっきり言って現実味のないことだったのだ。
なにせ、当時ランスが所属していたチーム・USポスタルは、ランスのために作られたチームだとさえ言われていたのだから。
おそらくランスの名前はこれからも表の歴史からは抹消されたままだろう。
しかし今でも、ランスが広めたライディングスタイルは広く用いられている。
私も日々、クルクルとペダルを回している。
記録には残らなくても、記憶が消したいものとなったとしても、彼が自転車乗りに与えた影響はけっして消えることはないだろう。
よい名であれ、悪い名であれ。
- 作者: ランス・アームストロング,安次嶺佳子
- 出版社/メーカー: 講談社
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