物が物を呼ぶ事態から逃れる
自転車を一台、処分することにした。
ロードバイクだが、パーツを抜き取られフレームのみになったものである。
状態は良く、安物でもいいからコンポ一式揃えて組めば、街乗り用に使えるだろう。
それでも処分するのは、コンポ一式を買うお金、組み立てる手間、自転車が一台増える場所など、物が物を呼ぶコストから逃れるためだ。
「レンズからカメラが生える」という言葉がある。
カメラマニアには有名な言葉だ。
マニアが珍しいレンズを手に入れると、そのレンズに適合するカメラボディが欲しくなってしまう。欲求が止まらず、レンズから生えてくるようにカメラが手元にやってくる、ということを的確に表している。
趣味人の態度としては正しいが、人生のリソースの面ではある程度セーブしなければならない。
物が物を呼ぶことを防ぐには、物が生えてくる状況をつくらないことだ。
方法はいくつかある。
まず、元を断つこと。
冒頭の例のとおり、自転車なら、フレームを処分する。
次に、連鎖を断ち切る。
カメラでいうなら、50mm単焦点を買うと28mmや85mm、105mmが欲しくなるし、F2.8通しのズームを買うと、広角から望遠まで揃えたくなる。
そこで最初から、何の面白みもない、いわゆるキットレンズの標準だけにする。もう一つ買うとしても、単体で成り立つマクロだけにする。
いまひとつは、メーカーをそろえない。
思想に染まりきらないことが大事だ。
こうしてみると、例示できたのは男性的なものばかりだ。
つくづく男性はコレクションすることや、組み合わせることが好きだと思う。
そして、そんな男性向けにマーケティングをするのはたやすいのだと痛感する。
ようするに、マーケティングに乗せられないことを意識する、ということなのだろう。
欲求を満たすことと、生活を成り立たせることを両立させるために、物欲を別の方向に逃がすことを考えている。