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自由への渇望の傍観

映画「イージーライダー」を見た。

ニューシネマを見るのは初めてである。

ワイルドで行こうという曲くらいは知っていたが、あとは劇中で本物のドラッグを使っているという伝説くらいの知識しかない。

 

こういうのをロードムービーと言うのか、その語法は間違っているのかは知らないが、まず、道中の景色が美しい。大陸の景色が美しい。

荒漠とした大地と広い空を見ていると、空間そのものからアメリカ人が自由を感じたということがよく分かる。

はたまたラストシーンは森と川の中であった。暗い木々と陰湿な水の流れは、作り手の見た保守そのものなのだろう。

 

言うまでもなく本作のテーマは「自由」である。

疎外された者の"気持ちを痛いくらい感じる"ことができる。

しかし、制作から50年近く経ってその後の歴史を知っていると、当然ながら傍観者として、半分冷めた目で見てしまうのだった。

歴史学者の心持ちでリアリストになってしまう。

 

そういう見方が現代において普遍的なのかは分からない。同様の諦観は広く感じられると思うのだが。

自分自身についていえば、こういう作品を見ると、いかにおぼっちゃま育ちであるか、ということをつくづく痛感するのだ。

フィクションの題材になるくらい疎外感を抱える者は少なからず存在するが、それとの間に一線を引くメンタリティが確かにあるのだろう。

そうやって自我を保つのだ。

 

深夜に書いていて支離滅裂なのでこれくらいにする。