脳が明晰になったら自閉症が重くなった気がする

夏前以来、自分自身の合理性=自閉症的な部分をドライブすることで人生をやっていこうとしていた。

方法は、スマホやネットとの距離を取り、感情が外部要因で動かされる機会を減らすというものである。

その方向性は間違っていないと思っていたし、実際、脳が(主観的には)どんどん明晰になり、できることが増えていっている。
数学や英語を勉強する、カメラの本を書くといったことは、脳が明晰にならなければできないことだった。

しかし、そうして脳が明晰になると同時に、どうも自分自身の自閉性が増しているのではないかと思うのだ。

例えば、広告(感情を動かすためのもの)が非常に暴力的に感じられる。
また、人間の感情への耐性も(もともとそうだったが)弱いままだ。

けっきょく、論理的であるということは自閉症であるということである。
いっぽう、普通の人間は感情と自閉のバランスで生きている。

通院している病院に置いてあるメンタルヘルスの雑誌でマインドフルネスの解説記事を読んだところ、
マインドフルネスでは感情と自閉のバランスがとれている状態を理想とするらしい。

だが、正直なところ、いまの自分は必要以上に感情を動かされることが嫌である。

だいいち、精神の病というのは感情の制御が効かなくなることであり、精神医療とは感情を制御するためのものなのではないか。
マインドフルネスはあくまでもオルタナティブのものでしかない。

自閉症が重いまま生きていけるようになるのが理想である。
しかしそれでは他人の感情を大切にすることができないし、社会が浴びせかけてくる感情が無限に厳しくなるだけでそのうち保たなくなるだろう。

まだ結論は出ていない。

寝不足で勢いで書いているので文体が破綻しているのでこのあたりまでにする。

 

 

診断と治療 2019年 11 月号 [雑誌]

診断と治療 2019年 11 月号 [雑誌]

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  • 出版社/メーカー: 診断と治療社
  • 発売日: 2019/11/11
  • メディア: 雑誌
 

 

わたしの究極の目的、人類の究極の目的

以前働いていたとある会社の社長が、こんなことを言っていた。

「すべての価値は、結局のところ時間に換算される」

つまり、こういうことだ。
移動は早ければ早いほどお金がかかる。
お金をかけてよい食べ物を食べるのは、その分長い時間生きるためである。
美しくなるのにお金をかけるのは、老化という時間にあらがうためである。

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マオ・レゾルビーダ(未解決の人間)

以前読んだ本に、小野美由紀の『傷口から人生』というものがあった。

この本については、2015年の3月にこのblogで感想を書いている。

kachiuchi.hatenablog.com

その記事でも書いているように、本書でもっとも印象に残ったのが、p113〜で触れられている、『マオ・レゾルビーダ』という言葉だった。

 

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